前回まで移動平均を解説してきました。移動平均はトレンドを分析するのに、シンプルでわかりやすく、使いやすいテクニカル分析である、といえます。
ところが、投資家というのは欲深いもので、『他人より少しでも良いタイミングで取引をしたい』と考えるものです。かく言う筆者もファンドマネージャー時代に、『他人よりも早く有利に売買したい』と真剣に考えて、工夫を施したりしました。特に、印象に残っているはバブルがはじけた1990年の頃の話です。移動平均というのは、平均値を取ることから天底から少し遅れて屈折が生じます。でも、投資家としてはより天底に近い箇所でトレンドが転換したのを把握したいと考えます。
上図を見てください。ドル円の日足と10日の移動平均線を表示してあります。特に注目をしていただきたいのは、矢印をした箇所です。赤い矢印は高値と安値を示しています。この水準で売ったり、買ったりすることが出来ればどんなに楽であるのか。でも、神様でない限り、天底の水準を当て続けるという事はできませんよね。ですので、トレンドが変わったということを移動平均線で把握しようとするのであれば、少なくとも青い矢印の転換を待たないとなりません。そして、図を見てもわかるように、実際の高値と安値の水準および時期からはズレてしまっているのがわかります。でも、このズレをなるべく縮小させたいと投資家であれば考えるのではないでしょうか。
こで、筆者は考えました。私たち投資家が知りたいのは、過去の価格でも現在の価格でもありません。未来の価格が知りたいのです。では、未来の価格を考えるのにあたり、一番参考になる価格とは一体いつの価格なのでしょうか。
それはおそらく直近の価格ではありませんか。例えば、10日間の価格を考えた場合、明日の価格を考えるのに、10日前の価格が参考になるのか、それとも今日の価格なのかと問われると、おそらくは今日の価格だと答えます。ということは、直近の価格に比重をかけて考えてみるという事は有意義なことではないのかなと考えられるのです。
そして、筆者は「今日の価格を2倍、昨日の価格を1.5倍そして一昨日の価格を1.2倍にすることによって、直近の価格に比重をかけ、将来の価格の動きを早く知ることが出来るであろう」と考えたのです。当時は、バブル崩壊で大暴落をはじめ、マーケットの動きというのは荒れた動きになっていたこともあり、普段よりマーケットの潮目を捉えようと必死だったのだと思います。そして、当時は珍しく自宅にパソコンを持っていた筆者は現在価格に比重をかけた移動平均線の開発に夢中になりました。
例えば、5日の移動平均線で考えてみましょう。通常、単純な移動平均は以下の式で求めます。
一つのデータの比重はすべて同じで、5分の1となります。
しかし、明日の価格を考えるのであれば、1日の終値よりも、5日の終値の方が参考になると考えられます。ですので、5日の終値に比重をかけることを試みたのです。
上の式のように、直近の価格に比重をかけて計算しました。
検証の結果はといいますと、期待した効果は得られませんでした。その原因の一つは、計算式の分子にあると考えています。なぜなら、終値を1.2倍、1.5倍そして2倍とするのはいいのですが、分母が『5』のままです。つまり、移動平均の数値がやたらと大きくなり振幅が激しくなるところにあるのではないのかな、と考えられるのです。
イメージとしては上図のような移動平均線の動きとなるのです。価格の動きは緩やかなのに反して、移動平均線の振幅の方が激しくなるのがわかります。
現在価格に比重をかける手法を諦めて数年を経た1995年前後に出会ったのが『MACD』というテクニカル分析です。特に、感動したのはMACDの計算の基本となる移動平均、『指数平滑移動平均』を見たときのことです。現在価格への比重のかけ方に驚きを隠せませんでした。
これが指数平滑平均の式です。同じ5日間の平均ではあるのですが、ポイントは赤字で示した部分です。つまり、当日の値(データ)をもう1回加えています。そして、データ1日に追加していることから、分母もデータ数を1つ加えているのです。これによって、上図で移動平均線が高値や安値の数値を超えていくような大きな振幅を回避することができるのです。これによって、当日のデータには6分の2の比重がかかることになります。また、10日の指数平滑移動平均であれば、11分の2といった具合に比重がかかっていくのです。
そこで、前出した10日の単純移動平均線(ここからは従来の移動平均線のことを『単純移動平均線』と呼びます)の図に10日の指数平滑移動平均線を加えた図を見てみることにしましょう。
青線が10日の単純移動平均線、赤線が10日の指数平滑移動平均です。
まず、注目していただきたいのは赤い矢印の部分です。ドル円が下落しているのに呼応して指数平滑移動平均の方が単純移動平均線よりも先に(低く)下落しています。これは、指数平滑移動平均の方が直近の価格に比重がかかっていることから、現在値に近づこう、近づこうという動きになるということです。
次に、黄色い矢印の部分に注目してください。単純移動平均線よりも早く指数平滑移動平均線の方が底打ちから反転しているのがわかります。つまり、単純移動平均線よりも早くトレンドが変わったことを示しているのです。
このように、指数平滑移動平均線は直近のデータに比重をかけるために、単純な移動平均線よりも早くトレンドの転換を把握できる可能性があるのです。
ちなみに、単純移動平均線のことをマーケットではSMA(Simple Moving Average)と書き、指数平滑移動平均線のことをEMA(Exponential Moving Average)と書きます。
そして、この指数平滑移動平均線を使ってトレンドなどを分析するのがMACDなのです。
次回はMACDの中身を解説いたします。
川口 一晃(オフィスKAZ代表取締役)
1986 年銀行系証券会社に入社。銀行系投資顧問や国内投信会社で11年間ファンドマネージャーを務める。
2004年10月に独立してオフィスKAZ 代表取締役に就任。